六甲山と生駒山−地形と断層の観察−

                (野外観察ガイドブック−地学編、16章(一部改稿)、大阪府教育センター地学、1988)

(1)はじめに 

  大阪平野とその西に広がる大阪湾は、四方を山地に囲まれた広大な盆地です。東は生駒山地、西

に六甲山地と淡路島、北は北摂山地、そして南は和泉山脈です。この特徴的な地形は、46億年の地

球の歴史からみればごく最近の、およそ200-300万年前から現在にかけての新しい地殻変動(六甲

変動といわれる)によって生じたと考えられています。その証拠のいくつかを六甲山と生駒山の地形と

地質から読みとってみましょう。

(2)六甲山

 神戸は坂の街です。北に六甲山地がせまり、南に大阪湾を望みます。街はこの山と海の狭い海岸沿

いの平野や台地に密集します。阪神高速道を大阪から神戸に向い尼崎あたりまでくると、六甲山地

前面にそびえ、右手にはぽつんと甲山が頭を出しています。山地の前面の斜面をよく見ると、一様の

傾斜で高くなるのではなく、西宮市甲陽園から芦屋市山手町にかけて少なくとも一段高い台地があり、

その背後から急に山地になっているのが分かります。この付近の地質図と断面図をそれぞれ図1

に示しました。これらを見て明らかなように、この台地と山地との境界には芦屋断層という逆断層が

走っています。この断層で六甲山側の地塊がのし上がったというわけです。同様に、芦屋断層の手前

には甲陽断層、背後には五助橋断層、大月断層が並行しています。これらの逆断層によって階段状に

隆起し、六甲山ができたのです。

(3)生駒山

 生駒山も六甲山と同じように逆断層によってできた山です。大阪側から見た生駒山は、山すそから一

気に一様に高くなり山頂に至ります(図3)。この山すそには生駒断層が走り、そこで隆起したわけで

す。山頂に上がり、信貴・生駒スカイラインから奈良側を見渡すと、尾根筋はゆるやかに下り奈良盆地

に至ります。大阪側は絶壁で、きわめて対照的です。このように、断層によって地塊がずり上がり、一

方には急な断層崖を生じ、他方にはゆるやかな斜面をもつ地塊を傾動地塊といいます。六甲山も東に

急で西にゆるい傾動地塊です。

(4)“新しさ”の証拠:活断層と段丘堆積物

 隆起する六甲山や生駒山は、もちろん現在も風雨にうたれ激しく浸食されています。六甲山地の崖く

ずれは、数も規模も大きく、とくに昭和13年の水害は神戸に大きな被害をもたらしました。こうした浸食

にもかかわらず、地形の特徴に地殻変動の様子が残っているわけですから、この地殻変動は新しいも

のだという予想がつきます。“新しさ”のもっとはっきりした具体的な証拠があります。それは、最も端的

には地震や実際の地盤の動きですが、地質的には活断層や新しい地層の変形や変位の観察からも

得ることができます。

 a. 活断層活断層は、第四紀(約200万年前から現在)に動いたという証拠のある断層で、それは

現在も動く可能性が大きいということです。図4には六甲断層が中位段丘を動かしている地形を示した

ものです。中位段丘は10数万年よりは新しいですから、これは明白な活断層の証拠です。神戸市市街

地と山地の境界をつくる諏訪山断層は、生田川の旧河床の礫(沖積層:約1万年)を直立させており、

まさに今も動いているといえます。

 図5abは六甲山のちょうど真東にあたる(図2)枚方市の交野断層の露頭です。ここは生駒山地の

北端の枚方丘陵との境界にあり、その山地をつくった逆断層です。花こう岩よりずっと新しいはずの大

阪層群が急傾斜して、本来その下にあるはずの花こう岩がのし上がっています。このようなみごとな露

頭は最近少ないのですが、枚方市の教育研究会では実習書をつくり教材として役立てています。

 52ページに説明があるように、断層の性質から、その断層をつくるもとになった力の向きを知ること

ができます。図2に見られるような南北方向の逆断層の場合は、東西に圧縮されてできたと考えられま

す。他の断層や地震の性質からも、近畿地方は東西方向と北西−南東方向に圧縮されていることが

分かっています。この大きな力が、岩盤を大きくたわませ(しゆう曲)、ある所では岩盤を破壊し重なら

せ(逆断層)、六甲山や生駒山(しゆう曲と逆断層の高まりの部分)、そして大阪湾(しゆう曲の沈降域)

を形成したのです。

 b.段丘堆積物: 大阪の基盤となっている古い時代(約6千万から3億年前)の花こう岩や丹波層

群の上に重なる、大阪層群(約30万から300万年)や段丘堆積物(約数万から30万年)は、ここでいう新

しい地層です。これらの地層がどのように変形しているのか、変形していないのかを明らかにすること

によって、その変動の時期を限定することができます。

 図1には段丘堆積物(高位・中位・低位)の分布が示されています。特徴的なことは、これらの段丘堆

積物が、六甲山をとりまくようにかなり高いところまで分布することです。たとえば西宮市鷲林寺町や裏

六甲の蓬来峡や船坂では、標高300一400mに達します。さらに、段丘堆積物のうち最も古い高位段丘

堆積物は、現在の河川地形とは無関係に尾根筋や山腹に分布することがあります。とくに裏六甲の宝

塚一有馬の道路沿いでは東西方向に点々と花こう岩や流紋岩などの基盤岩の上に段丘礫層(藤田ほ

か、1982では大阪層群上部としている)がへばりつきている様子が観察できます(図6ab)。この段丘

礫層は、大きな礫と砂や泥の混ざった淘汰の悪い未固結の地層です。礫は数10cmから1mに達し、角

はとれていますが、あまり丸くはありません。これはおそらく、大きな河川の扇状地の堆積物だろうと思

われます。その堆積物が六甲山の山腹を形成しているということは、堆積してからわずか20一30万年

の間に現在地(標高約400m)まで隆起したことを意味します。莱峡(ab)の崖地は、崖の中腹から

下部は断層(六甲断層)の動きで破砕され深層風化の進んだ花こう岩からなり、その上にこの高位段

丘堆積物がのっています。どちらも弱くて崩れやすく、しかも隆起しているため、このような急峻な崩壊

地をつくったのです。まさに蓬莱峡はあたらしい地殻変動を象徴する‘砂山’なのです。

(5)先行河川

 以上みてきたように、地殻変動によって地表の起伏ができますが、同時に主に水の働きによって、地

表は平坦化されていきます。すなわち、浸食・堆積作用と地殻変動の結果として地形が形づくられま

す。この2つの作用のバランスを示す典型的な例として先行河川があります(図7)。大和川、木津川−

淀川、武庫川がそうですし、規模は小さいですが高槻の摂津峡や岸和田の津田川もそうです。大和川

は、奈良盆地から生駒山地を横切って大阪平野へ流れています。どうして高い生駒山地を横断するこ

とができたのか、考えてみれば不思議でしたが、“山より先に流れていた川:先行河川”であれば確か

に納得できそうです。武庫川(図1の右上)も、三田盆地から六甲山地の高まりを横断する先行河川で

すが、その谷地形は、まさに新しく隆起がはじまっていることをよく示しています(図8)。地形図では川

沿いの部分だけが急傾斜になっており、そこから離れると比較的平らな地形がつづきます。平らな所

は隆起する前の地形を残したもので、谷の部分は新しく隆起して浸食された所です(デービスの浸食輪

廻説では幼年地形にあたる)。

 生駒山や六甲山は、大阪のどこからでも見える大阪の象徴的な山です。大阪市内の学校では生の

地質教材に接することは難しいですが、学校の屋上に上がりさえすれば、新しい地殻変動のはっきりし

たシンボルを見ながら、生き生きと自然を学ぶことができます。